「家にいる?」、『居るよ!』で、昼に裏山のあずま屋にTAMさんがみえた、とりあえずご飯とおかずを持って上がり焚火をしながらとりとめもない話しが続く、薪をくべる、時折風向きによってもろに煙が全身を包む、目がしょぼしょぼする、そして時間だけが過ぎる、髪も服も煙が染み込んでツ~ンと酸味の臭い、陽が落ちて暗くなって焚火の明かりで顔だけ明るい、20時過ぎにフルオープンのジープで帰って行った、久しぶりにのんびりした感じだった。
 広島市内から走ってきたTAMさん
 昼から日が暮れるまで焚火をしながら過ごす
 あずま屋から北方向がよく見えるように杉の下枝を落とした
「来訪したい」と、出会ったことのない人から連絡があった。
なんだか気になっていたら「明朝を止めて今夕方行きたい」との事、着陸場の当日の日没時刻は17:01、この時期は日没とともにすぐ暗くなるましてや初めての着陸、日没まで残り62分となっても連絡がない、先日も佐賀空港から八尾空港に向かった最新鋭装備の小型機が墜落したばかり、路肩に車を停めて電話したら「今夜は○○に着陸して夜間係留します。」、なんだかホッとした、広島市内から来訪者着陸予定の格納庫向かっていたけど急遽自宅に帰る、「翌日9:30に着陸して燃料給油したら直ぐに離陸します」とのこと、朝9:00前に格納庫に行ってコーヒーなどを準備して待っていた、朝霧で視程が悪いので着陸が遅れているのだろうと思って待っていた、霧が上がったら風も無く快晴のフライト日和となった、でも飛んでこない、『今どこですか?』、「行くのはなくなりました」・・・・。
あまりにもエエ天気なので中国山地の紅葉を観にフラフラと山の中をフライト、これで気分スッキリ爽快!
 中国山地の紅葉
 遠方には三瓶山が見える
 格納庫へ行く途中で見かけた
 毎年、周辺の樹より格段に赤くなる
10月1日に園児と父兄で稲刈、その時の話で新米を食べる事になった、この時期なら芋煮も食べたいねという事になり、
今まで作業がストップしていたあずま屋の増築部分の床に土を入れて平らにし固める、仮設トイレの掃除や焚火の準備、鶏の唐揚げを作る台やプロパンガス、消火器等々準備に時間がかかる
バタバタと準備し当日は雨降りの中で開催、終わってみれば楽しいだけだった。
 ふっくらと炊けました
 芋煮、20数人で食べるには多すぎた
 熊笹を炙ってササ茶のしたら爽やかな味だった
 ギターもピアノも無かったのでソロ演奏
 10月1日の稲刈
焚火の後、栗のイガを燃やしたら線香花火を思い出した、栗が入ったままだったのでいつ破裂するのか・・・
幼稚園児とその親が収穫したミルキークイーンを食べる会が日曜日に裏山のあずま屋で開催
当日は雨予報だけどやる事になりそう、今年建物を増築したけど土の床はそのままだった
皆さんがワイワイやっているときに床が凸凹だと転びそうなので2トンの土を運び入れ全体を同じ高さにした
 真砂土をプレートランマーで転圧する
 手前半分が今回の増築部分
雲が低く小さな雨雲の塊が通過する天気だった、フライト中はずっと雨の降っている範囲や送電線などを確認しながらの状態でヘリポート周辺を訓練飛行、雨雲に取り囲まれそうになったので着陸
時々雨が降り今期一番の寒さ、途中でジャンバーを出して着る
テントの端っこに雨水が溜まっているのを知らずに座っていたら何か頭に衝撃を受けたと同時に頭がガクンと前に傾いた、そして目の前全体に水がカーテンの様になって膝の上に落ちてきた、こんな日に限ってジャンバーもシャツもズボンも綿100%、一気に染み込んで肌着もパンツもべちゃ濡れ、風邪ひきそうなので軽トラに行ってヒーター全開、シャツのボタンをはずし両手で広げハンドルに上半身を預ける、じわ~っと暖かくなり気持ち良い、胸が熱くて目が覚めるどうやら寝込んでいた様子、両手をパタパタしながら乾かす
雨は降る、米はほとんど売れない、びちゃ濡れになる、こーゆー日もあるなーと自分に言い聞かせて早めに会場を後にする。
 雨が降り込まないようにテーブルの両側を高くする
『15~17日は祭りだから家に泊まって一緒に見に行きましょう』と、誘っていただき「やったー!」と思ったけど運動会や他の行事と重なり16日の西条祭りだけ行く事にした
祭りの一番の見どころは太鼓(山車)が川入している頃なのでそれまでは別子銅山跡の見学に行った、帰って会場近くの河川敷駐車場にぎりぎり入れた、車から会場までは2kmくらい線路を越え橋を2つ越えてやっと会場に、写真で見たり話には聞いていたが現地に入ると空気感が違う、1台の太鼓を数十人の若者が担ぐ、そんなのが河川堤防にびっしりと遥かかなたまで並んでいる凄いエネルギーを感じる
地元の方から聞いた話では、神様が入っている神輿が地域を回り最後に川を渡ってお宮に帰る、神様が早くお宮に帰らないように会場地元の太鼓5台が神輿を取り囲んで邪魔をする、それでも神輿が川を渡ると祭りは終わりとなる、神様の神輿が川を渡る地点で見ていたので迫力満点
 川入り前、堤防に並ん山車と河川敷に下りてこれから川を渡る地元の5台
 金色の屋根はご神体の入っている【神輿】
 トロッコ列車で別子銅山の坑道へ
昨年は除草が間に合わず草の中に細々と稲が生えている状態で20数年の米作りで最低記録更新した
今年はかなり気合を入れ、秋の荒起2回、春の荒代掻き2回、田植前の植代搔き2回や、田んぼによっては昨年秋から水を入れっぱなしの冬季湛水、田んぼ全面の浮草マルチなどいろいろやった。
苗は30㎝の成苗を植え付け田んぼでは一気に育った、どの田んぼも見事なくらい草が少なくてとても元気な稲が育ち収穫量も良かった、早く味見したいと気持ちは急いでいたけど乾燥機は超ゆっくと【グルメモード】に設定、時間をかけての乾燥が終わったら乾燥時の籾の熱が下がるまで待ってから籾摺りラインに流す、先ずは、➀籾摺り機→➁クズ米選別機→➂石抜機→➃色彩選別機→⓹選別計量器と順に玄米が流れてやっと精米して食べます。
食べてみてやはりとっても美味しいと思った!、次は待っておられる皆さんにお届け!

いつもは、苗代の後は何もしないで来年まで草ボウボウ状態、今年は苗が余ったので植えてみることになり急遽トラクターで2回耕し翌日は水を入れて荒代搔き、次の日、水を落していない濁り水がたっぷりの状態、田面が見えないので前方の畔に目印の棒をたてそれを目指してまっすぐに進む、そんな田植をしたのは初めてのこと
荒代搔きから田植えが終わって数週間、田んぼの水が濁ったままだった、米糠系のペレット肥料を畔から手で撒いたらそれが水中で発酵し再び濁り水の状態が続いた、そのうち稲も大きくなり田んぼの土には日が当たらなくなり
除草はまったくやらなかったけど草が生えなかった、自然農法で20年以上米作りをやっているがこんな状態は初めて、稲刈りの数日前に、娘が『幼稚園の子供たちに来てもらい稲刈り体験してもらってはどう?』と、それで声掛けしたり、先日収穫したミルキークイーンを精米して新米のおにぎりを食べてもらう準備で大忙しとなった、
用事があって早く帰られた方からのメールで『帰る途中、車の中で子供が【ここでUターンしてぇ~、まだ田んぼに行きたい!】と言っていましたよ』、改めて収穫祭をやる事になった、行事が終わってホッとする間もなく次の予定が出来てしまった。
 鎌の使い方を伝えたら黙々と刈っていた
 昼食は先日収穫したミルキークイーンのおにぎり
 稲刈交流会メンバーは幼稚園つながりの人達
 苗代の後を耕して翌日水を入れ荒代搔 きその翌日には田植した 一度も除草しなかったけど草が生えなかった

 手刈りした稲はコンバインで脱穀した
 誰も言わなかったが子供たちは順番に稲を運んでいた
田んぼが軟らかくてドロドロ状態だったけど稲刈りも終了、そんな時、三次市の河川敷で開催の花火に呼んでもらった、バーベキューや団子汁をいただいているうちに花火が始まる、初めのうちは食べながら屋根越しに見ていた、近くで見ようという事になり会場へ移動、家の裏の階段で登ると河川堤防の上に出る、そこは打ち上げの真正面、この秋初めての寒さを感じながらの花火、ゴクラク ゴクラク・・・・

子供の頃は、稲刈りは秋にする感じだった、気温が高くなり熟すのが早まり大汗かいての稲刈となった
ヨシさん宅は自前のコンバインがあるので本人が乗って刈取り、応援に行くといっても刈取った籾をカントリーエレベーター(JAの乾燥調製所)へ軽トラで運ぶくらい、あとはよく冷えたお茶やジュース類を飲んでかりんと饅頭食べておカキを食べて塩飴なめてを繰り返す、他には何もやることが無い、空を見上げて「夕立が来ないように」祈るだけ、それにしても暑い!

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